世界屈指の基幹送電網 東京電力西群馬幹線
~100万ボルト・巨兵達の雲上行軍~

2019-07-07 関東土木保安協会
https://ameblo.jp/kanto-ce/entry-12484050960.html



男達の血と汗と涙の結晶を少しでも多くの人に伝えたい、関東土木保安協会です。

今回は私の送電鉄塔への愛を高めた参考書があれば、間違いなく数ページを飾るであろう「西群馬幹線」にフォーカスを当ててみましょう。


  

大都市、東京。
そして周囲に広がる首都圏。
その活動の源となっているのが、東京電力の送電網です。
架空送電線路ではこう長15,000km弱、鉄塔などの支持物数は50,000基超の規模を誇り、名実ともに東京圏の電力の骨格を担っています。
そんな東京電力の送電線にあって、規格外のスペックを持つのが、UHV規格の送電線達です。
中でも西群馬幹線は、それらのなかで最初に運転開始した先駆者です。
戦後、国内の復興と産業の発展に伴い、旺盛に延び続けた電力需要。
物理的に、電圧を上げれば電流をより多く送電できることから、送電網の歴史は昇圧の歴史でもありました。
66kV等の特高圧という区分から、超高圧と呼ばれる275kVまで。
家電の普及が進み、家庭での電化に邁進する1960年代には、500kV(50万ボルト)送電線の開発が進められ、1973年には運用を開始しました。
後に、500kV送電線は外輪系統として、首都圏郊外を東京を囲むように構成されるに至りました。


▲東京電力管内の送電網

電圧は、電流を送る勢いの強さ。
当然、電圧が高くなればそれを遮断するのも容易ではありません。
そして、電圧が印加された送電線は、電流の性質上、どうしても周囲に静電誘導、電磁誘導を発生させ、こちらも電圧が高くなれば比例して影響が強くなります。
このように、電圧が高ければ大掛かりな送電・受変電設備が必要となってしまうのですが、その代償として従来よりも大電力を送電できます。
困難がありながらも、研究をやめないのが人間の進化の性。
技術者達は「いかに電圧を上げるか」という理想を追い求めたのです。
1973年には、1000kVの送電について、官民での研究が既に始まっていたのでした。


▲超高圧送電線になれば、設備の大型化と機器の複雑化は必至だ

電力中央研究所の塩原実験場。
大規模な研究施設を持つ栃木県の試験設備です。
こちらでは、1982年より従来の500kVよりもさらに高電圧の交流送電技術を試験し始めます。
それがUHVと称される1000kV(100万ボルト)送電です。
UHVとは、「Ultra High Voltage(ウルトラ・ハイ・ボルテージ)」の略称で、超超高圧などとも呼ばれます。
ここでの研究の成果は10年も経たないうちに実を結び、1000kVの送電技術は晴れて実設計に移る運びとなりました。


▲電力中央研究所塩原実験場。  超高圧試験で重要な役割を果たした

西群馬幹線らUHVネットワークは、今までの500kV網と経路が少し似ています。
その大きな送電容量から、柏崎刈羽原発、福島第一、第二原発らをターゲットとして連係し、500kV外輪網のさらに外側から首都圏を囲むようなルート選定がなされました。


▲UHVの各送電線は大抵が険しい山々を行く(東群馬幹線)

これらルートの実地調査は、1980年代初頭から秘密裏に始まっていました。
西群馬幹線の鉄塔を地図や現地で追ってみるとわかりますが、人間が立ち入ることなど殆どない、いや全くないような山中ばかりです。
東京電力の社員らは、例えいばらの道であろうと、社の威信と社会的使命とを胸に、生々しい熊の引っ掻き傷を目の前にしようと、雨風や雪にも堪えながら、山中を巡り続けたのです。
1984年には東京電力が公式に送電網の計画を発表し、西群馬幹線は1988年9月に着工となりました。
その後、幾多の困難を乗り越え、1992年4月に運開となっています。


▲UHV系では最初に運開となった西群馬幹線

西群馬幹線はUHVネットワークの南北ルート190kmの多くを担う送電線で、群馬県は中之条にある西群馬開閉所から、山梨県大月市の東山梨変電所までを結び、全長は137.7km、支持物(鉄塔)数は217基です。
以前はこの南にさらに60基超の鉄塔を従えて新富士変電所まで続いていましたが、この区間は現在線路名が変更となっています。
この元西群馬幹線であった区間は、設計も500kV設計で、スペックが大きく異なります。


▲群馬から長野、山梨へと110m超の巨人達が続く

UHV規格の鉄塔の特徴は、まず従来の500kV級鉄塔と比較しても1.5倍近く大柄な鉄塔であることが挙げられるでしょう。
東京電力での黎明期の500kV鉄塔は今となっては全体的にそれほど高くなく、その後の1980年代に建てられた500kV外輪系統の鉄塔は80m級と大きくなりました。
1000kV級の鉄塔では110~130m級となり、電圧に応じて線間、線下離隔距離を求められるためかなり大柄になっています。
それでも、当初の想定ではもっと大きな140m級の支持物を想定していたようで、研究開発の成果によりこの110m級の大きさで収まった、というのが経緯を踏まえた解になります。
軽量かつ丈夫なハイテンション鋼や設備側の改良があってこの大きさにして、それでも一基では300t~400t程度の重量です。
かなりの重さになります。
純粋に、誰がどうやって建てたのだろう、の一点に尽きます。
人が入らない山中に、何百基も鉄の巨塔を建てる。
鉄塔達は2年弱で完成しました。
まさしく土木が成す人類の英知の塊です。


▲比類なき大型の鉄塔。  ただただ圧倒されるのみだ

鉄塔も規格外なら、電線も規格外です。
電流の特性上、電線の外側を流れるため、大容量の送電を行う場合はどうしても電線の表面積を増やす必要がありますが、それに見合った断面積にしては重量ばかり増えてしまいます。
また、太い、すなわちより線が多い電線を用いることは、大気中へのコロナ放電現象を発生しやすくさせ、送電の損失や周囲への障害発生の原因となります。
このため、超高圧送電線は一般的に、複数の同相の電線をスペーサーにて少し離して束ねる多導体という方式がとられています。
UHV規格では、国内最大となる8導体を採用しています。
8導体用のスペーサーは一個で30kgもあり、これが鉄塔間の電線中に何個も設置されています。


▲8導体とそれを束ねるスペーサー

その重い電線を支える碍子は、絶縁性能と強度から32連を4並列とする、非常に大型かつ重いものです。
碍子は一つで20kg程度。
場所によってはこれを50連4並列としているところもあり、重量はなんと5tにも達しているといいます。


▲4並列の碍子も規格外の迫力だ

鉄塔を美しいと呼ぶ方も意外と少なくないと思いますが、この幾何学的な美しいシルエットを見れば頷かずにはいられないでしょう。
全てのことに理由がある。
無駄が無く、必要なものを必要なだけ。
不要を全て削ぎ落とした必要の知的な鉄(くろがね)が、彼ら送電鉄塔です。


▲高さが高さだけに法規に則った間隔で障害標識塗装の鉄塔になる

これだけの設備、施工の際は大変な苦労があったといいます。
登るだけで数十分。
山上の100m上では天候も変わりやすく風速も速い。
東京電力の社員は架線電気工事職人らが異次元の高所でどうしたら安全に作業できるかを考え、様々なアイテムを開発し現場に投入していきました。
俺たちがやらなければ誰がやる。
電気工事士、設計者、彼らの熱い想いとチームワークが実を結び、1年かけて各工区の電線が張られました。
着工から3年8ヶ月の1992年4月、無事運転開始となったのでした。


▲上信越道からも、その雄大な姿と過酷な立地がよく見える

これだけの開発期間とスペックを有しながら、実は西群馬幹線を始めとするUHV各線はまだ1000kVでの運用を開始していません。
一部では送電線の近隣住民の理解を得られていないため、などとも言われていますが、定かではありません。
ただ分かるのは、UHV竣工時から「当面の間は500kVで運用する」「将来的には1000kVに昇圧して運用したい」と東京電力の公式発表で話していることだけです。
新潟と福島からから来た原発の大電力を、都内へ。
東日本大震災の後の今となっては、原発の恩恵も受けずその構想も夢となっています。
いつかきっと、オーバースペックとなっている彼らが、本来の能力を遺憾なく発揮する日々が来るのを願うばかりです。
しかし、もしその日は来ずとも、彼らの頼もしい背中を見れば、その輝きは誰しも一目瞭然でしょう。


  

桁違いなスペック。
比類なき技術力。
未知と多難を乗り越えた施工技術。
UHVの先駆者、西群馬幹線。
世界トップクラスの安定した電力供給が行われている日本。
もし、部屋の照明のスイッチを入れるとき、彼らのことが少しでも頭のなかに残っていたならば、思い出してみてください。
我が国が威信を懸けて造り上げた壮大なスケールの生ける土木遺産達のこと。
彼らを設計し、造り、維持している技術者達のこと。

〈参考〉
・東京電力パワーグリッド株式会社:安定供給を支える設備(送電線)
・東京電力パワーグリッド株式会社:100万ボルト設計送電線(UHV)
・東京電力株式会社:50万ボルト変電所「東群馬変電所」の完成について
・東京電力株式会社:送電設備
・電力中央研究所:電力技術研究所 塩原実験場
・プロジェクトX:希望の絆をつなげ 100万ボルトの送電線 決死の空中戦に挑む
・架空送電線の話:西群馬幹線
・公益社団法人日本電気技術者協会:電気技術解説講座
・日本経済新聞:110万ボルトの効率送電 日本発、国際標準へ(2010/10/7)
・電気学会:特集 UHV 交流送電